フランスの哲学者ジャン・ヴァールはその著作活動において繰り返し、「実存について語るとはどういうことか」と問いつづけた。彼は、哲学的言表というものがそもそも一般的・普遍的な性格のものである以上、特異かつ個別的であるとされる実存について哲学的に語るということは、とりもなおさず実存の消滅を意味するのではないかと考えていたのである。
実存に関する哲学的言述が直面するこうしたアポリアに対処するために、キェルケゴールはみずからの著作活動における主体的・内面的真理の伝達の方法として「間接的伝達」を採用した。間接伝達においてキェルケゴールが意図していたのは、みずからのあり方を反省するよう読者を促し、「単独者」となるよう仕向けることであった。とはいえ、間接伝達において初めて単独者は単独者たりうるのであるから、間接伝達のうちには単独者の他性に対する配慮がすでに含まれていると言えよう。
こうした問題は、フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスにおいても重要なものとなっている。レヴィナスの他者論の根本は、他者へのかかわりを言語のうちに見出すことにある。つまり、私にとって他者とは理解すべき対象ではなく、対面し語りかけるべき対話者であるということである。他者の他性は他者に対する私の応答において初めて生起するが、このことは同時に、応答しなければならないという責任が私に課されていることでもある。したがってレヴィナスによれば、言語を通じた他者へのかかわりのうちには倫理的なものがすでに含まれているのである。
キェルケゴールとレヴィナスは、言語を通じた他者へのかかわりという共通の問題意識をもっていたと言える。とするなら、ヴァールが問うた「実存について語ること」は、哲学的言表の内容の次元ではなく、他者へのかかわりという次元で考えるべき問題ということになるだろう。
一般的にコミュニケーションにおいては、直接的に伝達内容が相手に伝わる方がよ いとされ、情報が効率的に伝わることが重視される。しかし、キェルケゴールは情報 が直接的に伝わるような伝達よりも、間接的な伝達を重視するが、それは倫理的なも のや宗教的真理の伝達を目的とするからである。キェルケゴールは読者に対して何を 伝達するかよりも、いかに伝達するかの方が重要であると主張し、間接的伝達こそが 真理伝達であるとした。この伝達は彼の著作活動における重要なモティーフであった にもかかわらず、この伝達の性質上、具体的な方法として提示されにくいものである。 しかし、キェルケゴールは理想とする伝達の先駆者として、レッシングやハーマン、 そして特にソクラテスを挙げており、ソクラテスの武器であったイロニーの持つ効果 は間接的伝達の中心的な手段になると考えていた。
間接的伝達はまた、キェルケゴールの時代診断からも要請されたものであった。当 時、マス・メディアとして台頭してきた新聞が、単に量的なもの、知識を与えること だけを問題にするところから「伝達そのものの水平化」が起こり、それに対して キェルケゴールは間接的伝達を、歴史的・文化的に規定される抽象的な「私」という 個人の在り方を、実存する「私」に転換させることを目指すものとして対置させた。 それはソクラテス的産婆術のように、答えを得ることを目的としない「問い」を投げ かけ、被伝達者に空虚を残すことによって、「与えることよりも知識を取り除くこと」 で、自分自身で問うことを惹起させることが主眼とされるのである。本発表では伝達 について、特にイロニーを手がかりに論じていく予定である。
アブラハムが息子イサクを神に捧げる創世記\kanji22章について、『おそれとおのの き』は、神の命令と倫理の間の緊張を取り上げ、倫理的なものの目的論的停止 を論じている。この物語は、聖書解釈上も独特の重要性を有し、さまざまな理 解を導いてきた。 創世記\kanji22章は、ユダヤ教的伝統においては、アケダー({\em Akedah}; Binding)と 呼び習わされる。旧約聖書学では、どこまでが本来の伝承であり、後代の付加 であるかについて、広く論じられてきた。一方、アケダーを一つの統体として、 アブラハム物語全体の中で捉えた場合、倫理的だけではなく、神の約束にも問 題が生じる。神はアブラハムの子孫について彼との間に契約を立てており(創 17:7ff.)、イサクが実際に捧げられてしまえば、神の約束が果たされない。 信仰と倫理の領域間に緊張を認めるキェルケゴールに倣うなら、信仰の領域の 中のみでも緊張が生じる、ということができる。また、\kanji22章\kanji2節の「行きなさ い」({\em l\={e}k-l\={e}ka})が、父祖の地からの出発を促す場面(創12:1)でも用いられ ていることから、この二つの命令が、親子という関係を断ち切る同質のもので あると受け取れる。子供の犠牲は、旧約聖書において必ずしも排除されてはお らず(士11:31ff.など)、キェルケゴールでも「悲劇的英雄」として倫理の領 域内で把握されている。イサクに焦点を移せば、彼がアブラハムの意図に気付 いていたのかどうかを、問うことができる。ここには、イサクが自らすすんで 父親に従ったと想定するものもある。その場合、アブラハムの沈黙に閉鎖性は 認められないといえる。イサクの自発性という解釈から、アケダーは、ユダヤ 教の殉教的伝統にとっての原型にもなった。さらに、実際にイサクが捧げられ たという可能性は、後期ユダヤ教では広く行き渡った理解であり、キリスト教 ではアブラハム―神/イサク―イエスという予型論的解釈と交叉することとな る。
上のように、この物語に刺激された解釈の諸伝統を紹介することによって、キェルケゴールの解釈がどのように位置づけられるかを検討したい。
キェルケゴールは沈黙のヨハネスという仮名のもとに、「畏れとおののき」のな かで「倫理的なもの」に対して逆説的な表現を取るような隣人に対する愛につい て叙述している。本論は、この宗教的文脈における隣人に対する愛の逆接性に焦 点を当て『畏れとおののき』という著作を読むとともに、『畏れとおののき』に おける宗教性を、宗教的義務と倫理的義務との間のせめぎあいとみ、キェルケゴー ルの宗教性のうちにある隣人に対する暴力の可能性を批判するレヴィナスに対し 応答する試みである。
この本論の主題を導入するために、二つの議論が行われる。一つは、レヴィナス の批判の正当性を示すため、「畏れとおののき」における宗教性を非本質的なも のとみる議論に対する応答である。確かに日誌が示すように、沈黙のヨハネスはキェ ルケゴールの宗教観を全的には担っていない。しかし宗教性の一つの本質的な局 面を描くために送り出されてはいる。もう一つの議論は、「畏れとおののき」の 叙述に見られる本質的な両義性をめぐってなされる。確かに沈黙のヨハネスはアブ ラハムの物語の字義通りの意味をわれわれの前に突きつける。しかし同時にこの 物語を内面的に読み取るためのコードをも与えている。
本論は「畏れとおののき」における宗教性を、内面的解釈に従い、内面的自己否 定の課題を個人に課しつつ、外面性をその規範基準をする倫理的なものには扱え ない規範を倫理的なものに対して導入するものとして把握する。それゆえ内的に 読まれた愛の理念は、少なくとも隣人に対する暴力の可能性を許すものとは考え られない。
意識レベルにおける快に関しても自己愛について語ることが可能である以上、行 為の主体が人間にある限り、彼がいかように行為しようとも、自己愛によって行 為していると批判される可能性は常に残ることになる。自己愛として批判される 可能性は宗教的人間に至っても残存する。しかし、キルケゴールによれば、信仰 の領域にいたっては自己愛の懐疑は確定しえない。信仰においては、自己愛の懐疑 は常に確定しえず、可能性に留まる。美的人間や倫理的人間とは異なり、宗教的 人間に関しては、それ以上踏み込んで自己愛だと断定することが不可能なのであ る。自己愛の可能性は、どのように人間が存在様態を変化させようが、残存する のであるが、キルケゴールによれば、人間は、少なくとも自らの意識において自 らがいかなる意味における自己愛に拘束されているのかを考慮し、自己愛と断定 することが不可能な神関係に至るまで意識を先鋭化し、神を介して他者と関係し なければならない。
しかしながら、この主体性の領域で主体がいかに自己を滅したとしても、そのよ うな主体が現実において他者に関係する際、他者や社会の状況への考慮、あるい は自らと異なる価値基準に従って生きている他者との関係の仕方への考慮が不可 欠である。キルケゴールが強調した、主体的内省による主体そのものの変化とい う視点はもちろん思想史において重要な論点を提供しているが、これは他者との よりよい関係構築のための必要条件ではあるにしても、十分条件ではない。確か に、キルケゴールは、客観的認識について、これを完全に排除しているわけでは ない。しかしながら、私見によれば、主体性の領域において行われる実存の展開 と、客観性の領域において行われる他者や社会の状況の認識という二つの質の異 なる作業をいかに折り合わせるかという問題については、キルケゴール思想その ものにおいて明瞭に示されていないように思われる。主体的な神関係を保持しな がら、それを、現実の他者との関係において否応なく要求される自らの価値基準 の相対化という要求といかに調和させるか、これがキルケゴールを手がかりとし ながら自己愛の問題を考える際に重要となる点だと思われる。
近代日本における宗教哲学は、 西田幾多郎、波多野精一、西谷啓治らによって代表せられ、その名を冠した呼称 で周知されている。石津照璽(1903-1979)の場合も彼らと同様、 西洋哲学の吸収、解釈を媒介として、仏教その他の宗教の宗教現象や比較研究の 成果を取り入れ、その学的体系を目指したものである。
石津宗教哲学の課題は、究極的な宗教の意味と構造を究明することにあった。そ こでは「宗教経験」や「宗教哲学の場面と根底」といった範疇が中心となったの である。つまり、宗教経験を人間存在の構造に則して、その根源をとことん掘り起 こすことが、実存理念の解明につながる、としたのである。
この意味から、個体的自覚としての主体が常に問われており、宗教的実存者とし てキェルケゴールが問題にされてくるのである。
綿密な石津のキェルケゴール論稿から、ここでは「伝達」の問題を取り挙げる。
石津はキェルケゴールの人生の課題は「如何にして人はキリスト者になるのか」 に存していたと説く。彼の著作活動自体は、宗教的なるものを目指し、且つその ように宿命づけられていたが、詩人的素質を享けていたが故に、矛盾・葛藤に悩 まなければならない為、当然、間接伝達、匿名の形式を取ったのであるとしてい る。しかし、『後書』刊行後、レギーネがシュレーゲルと結婚したのだから、第 一期の伝達、匿名の表現はもはや不要になっていた。この後の時期を石津は第三 期と呼び、晩年に向かっての著作『死に至る病』や『キリスト教への訓練』など は、実名でも良かったと説いている。石津はそれ故、内面性や宗教性の問題を直 伝する時は、端的、単純に直接的に伝達されねければならない、と述べている。 ここにキェルケゴールの課題が規定され、宗教的著作者としての意義が問われて くる。